グラナート・テスタメント・シークエル
第2話「天使行進〜天使の歩みは阻めない〜」




ただひたすら突き進む。
前へ、前へと……破滅に向かって全力で突き進むだけだ。
この世で最も憎い存在を……かっては淡く心惹かれた存在を……滅するために……。
そのためだけに、自分は今日まで生き続けてきたのだ。
彼だけは絶対にこの手で滅しなければならない……だって、彼は我が半身の仇なのだから……。



黒と白だけで構成された露出の殆どない正当なメイド服を来た銀髪の少女が、モップを持って城の廊下を歩いていた。
城の中にメイドの少女が居るのは一見おかしくはない。
だが、彼女の存在は明らかに異質だった。
モップを持っているからといって、少女は城の掃除をしているわけではない。
少女は抑え切れぬ鋭い殺気を全身から発しながら、一人静かに深く、城を進行していた。
少女の発する殺気が、城を制圧、蹂躙していく。
たった一人のメイドの少女による行進、進軍だった。
少女の歩みを阻む物は何もない、阻める者は誰も居ない。
例えどれほどの障害が立ちはだかろうと、大軍が道を阻もうと、少女は無人の野を行くがごとく、歩みを進めるに違いなかった。
やがて、少女は広い一室に辿り着く。
何も置かれていない、ただただ広いだけの倉庫のような部屋、遙か向こうに、少女が今入ってきた入り口とは別の出口が見えた。
「がははははっ! よう、久しぶりだな、マルクト」
「…………」
部屋の中には二人の人物が居る。
豪快に笑う大男と、無言の仮面……二人とも、少女……マルクト・サンダルフォンの良く知っている人物だった。
「ゲブラー様に、ホド様……」
血のように赤い短髪と瞳、鍛え抜かれた筋肉質の体に髪や瞳と同じ血のように赤い鎧を身に纏った大男は、峻厳のゲブラー・カマエル。
顔上半分だけを仮面で隠した黒衣の男は、栄光のホド・ニル・カーラ・ラファエル、かってはマルクトと同じファントム十大天使だった者達だ。
「やはり……あの方の仕業ですか……」
彼らは組織崩壊のおりに亡くなったはずである。
その彼らが生きてこの場に存在している……マルクトにはこれが誰の仕業なのか見当が付いていた。
「今の俺様は、『クリフォトの8i』ケムダー(貪欲)・アドラマレクだとさ。で、こいつは『クリフォトの4i』アディシェス(無感動)・ アシュタロト だとよ……まあ、肩書きなんてどうでもいいけどよ」
ゲブラーは隣に無言で立っているホドをチラリと見ながら言う。
ホドは何も言わず、何の反応も見せなかった。
「貪欲に……無感動……」
面白いぐらいに二人にピッタリと合っている呼び名、称号である。
貪欲……次々と欲を出し満足しないこと、非常に欲張りであること。
無感動……感動しないこと、感動のないこと。
まさに、それぞれ彼らのためにあるような言葉だった。
「まあ、そんなわけで、今の俺様達とてめえは敵同士ってわけだ。悪いがここから先に通……」
「通らせてもらいます」
「ああっ!?」
それは一瞬の出来事。
ゲブラーはまばたきを一度した次の瞬間には、モップで床に叩き伏せられていた。
マルクトは床にめり込むように俯せになっているゲブラーの後頭部を踏みつける。
「今の私の邪魔をしないでください……邪魔をするなら誰であろうと……斬り伏せます……」
マルクトは『名もない空間』を睨みつけると、腰を屈めた。
左手に持ったモップに右手をそっと添え……まるで居合いのような構えをとる。
「七天抜刀(しちてんばっとう)……」
「……八連……」
マルクトの視線の先に突然ホドが姿を現し手刀を突きだした。
「……セヴンズヘヴン!」
マルクトのモップが『抜刀』される。
上、右、左、右上、左上、右下、右下、白刃は七方向からまったく『同時』にホドを斬り捨てた。



「……っ、無茶をする鬼だ……」
カーディナルは瓦礫の山の中から這い出した。
ラーヴァナの放った羅刹終焉波はカーディナルの居た部屋だけでなく、城の半分以上を内側から吹き飛ばしたのである。
あんな凄まじい威力の技を、室内で使うなど正気の沙汰ではなかった。
「……獲物は……完全に見失ったか……」
ネツァクを始めとする侵入者の気配も、エリザベート達仲間の気配もまるで感じられない。
無論、視界にも誰も居な……居た!
「なっ!?」
さっきまで戦っていた侵入者でも、仲間でもない、思いがけない人物がそこに居る、気配は一つもなかったというのに……。
「貴様っ!」
カーディナルは人形のようにただそこに立っていた金髪の青年に、深紅色の炎の剣を斬りつけた。
青年は身動き一つせずに、あっさりと深紅色の炎の剣に灼き切られる。
「馬鹿なっ……」
驚いたのは、斬りつけたカーディナルの方だった。
こんな呆気ないはずがない。
なぜなら、この金髪の青年は、少し前に、自分にこれ以上ない屈辱を味わせてくれた存在なのだ。
あんな挨拶代わりの無造作な一撃をかわすことも、受けることもできずに、簡単に殺られてもらってはこちらが困る。
「……ふざけるなっ! こんな馬鹿な話があるか!? これでは我の気が済……」
「見事な一撃だ……」
「っ!?」
声と拍手の音にカーディナルが振り返ると、黒いフードを深々と被った人物が立っていた。
「貴様は……?」
「ん? 『私』のことか? それとも、この体……この『人形』のことか?」
黒いフードの人物は、頭のフードを脱ぎ、素顔を露わにする。
漆黒の長い髪、黒曜石の瞳、雪のように白い肌、物凄い美貌の少女だったが……カーディナルにはまったく見覚えのない顔だった。
「この人形にはまだ『名』は無い……記憶も人格もある人物を模写した仮初めのものだ……本当の人格……魂すら宿らせていない。だからこそ、こうして遠隔で操り易いのだがな……この人形はまだただの『伽藍堂(がらんどう)』に過ぎない……」
「……待て! では、私が今斬ったのも、私を辱めたのも……ただの人形だというのか!?」
美貌の少女の発言はいまいち良く解らいことも多かったが、少女もカーディナルが斬った青年も人形だと言っているように聞こえる。
そして、それはカーディナルにはとても認められない……認めたくないことだった。
「ああ、そうだ、その燃え滓(カス)は、この人形のついでに遊びで作った人形だ」
少女は自分を指差し、カーディナルの足下に僅かに残っている炭のような燃え滓を見つめながら答える。
カーディナルの深紅色の剣は相手を灼き切るだけでなく、切ったものを跡形もなく灼き尽くす追加効果があった。
「馬鹿な……我が人形などに……人形に……弄ばれただと……?」
「全部を複写できたわけでもないのに、あの性能だからな……作り手としては馬鹿馬鹿しくなるモデルだな」
少女は苦笑と共に嘆息する。
「もし、まだお前の気が済まないのなら、モデルになった男に八つ当たりするといい。男の名はルーファス、幻想界の中央大陸に住んでいる……」
「…………」
「失敗作の後始末をしてくれたことには礼を言っておこう。ではな……」
少女はカーディナルにクルリと背中を向けると、ゆっくりと歩き出した。
「……待て」
カーディナルがその背中を呼び止める。
少女は面倒臭そうに、かったるそうに振り向いた。
「まだ何かあるのか? できれば八つ当たりは『私』ではなく『モデル』に当てて欲しい……いや、少し面倒だが『私』を逆恨みしてくれても別にいい……だが、この人形だけは駄目だ、こっちはお前が灼き切った方と違って『傑作』なのでな……」
「……その人形は見逃してやる……だから、答えろ、貴様の名は? 人形の名ではなく貴様の名を名乗ってから行け……」
カーディナルは人形の『後ろ』の操り手の名を問う。
「……リーヴ・ガルディア、ただの人形師だ。暇な時なら、少しぐらい逆恨みにつき合ってやってもいい……では、今度こそさらばだ」
答えが終わった瞬間、少女(人形)の姿はカーディナルの視界から消え去っていた。



無数の巨大な機械と妖しげな薬品に埋め尽くされた部屋の中で、その男は、巨大な円柱の水槽を見つめていた。
白と銀を基本とした王族のような豪奢な衣装を着こなした、漆黒の長髪と瞳の男。
「せっかくあなたを用意したというのに……皆さん、せっかちなことで……」
外見から感じる尊大な雰囲気に相応しくない、丁寧な口調で男は呟いた。
「無理にあなたの出番を作る必要もなさそうですね、この展開では……」
男は独り言と言うより、まるで水槽の中のモノに話しかけるかのように言う。
「まあ、それなりに楽しめましたし……いいデータも取れました……向こうの宴を諦めただけの甲斐があった……と思うことにしますか」
男は苦笑を口元に浮かべると、水槽に背中を向けた。
「では、この茶番劇に幕を下ろすとしますか……」
男はゆっくりと歩き出す。
「フッ、私の所に最初に辿り着くのは誰ですかね?」
部屋を出ていく男の左手の甲には水色の紋章が浮かび上がっていた。











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